当取材班では、これまで兵庫県三田市のレトロな街並みを三田駅周辺に焦点を当てる形で回ってきた。ニュータウン住民の多い街でこれほどまでの古い街並みが並んでいるというのも少々奇妙な光景ではあるが、それでもその背後にある歴史を考えると「スゴい!!」と感じざるを得ないのもまた確かだ。
今回ご紹介するのは、三田市は三田駅からやや北西に向かった場所にある「三輪神社」及びその参道として発展を続けてきた「三輪商店街」なる商店街だ。三田市の中心である南側とは打って変わり、北側にはマンションや大型スーパーといったいかにも現代を象徴するものは一切なし。駅の南側と比べても一層レトロな風景が見れるという話だ。
神社の参道感残る街並み「三輪商店街」
三輪商店街は、先ほども申し上げた通り、JR三田駅の西側に位置する商店街だ。線路を隔てて南側に「中央町一番街」、さらにその先には「中央町二番街」「車瀬橋商店街」という形で商店街が連続して続いており、これらの商店街と合わせて一種の巨大な商店圏を形成している。
「三輪」という名称はこの商店街の先にある「三輪神社」から名付けられており、昔から神社との親和性が高かったのか、現在もこの商店街内の道路は石畳で作られている。現在では車両も通行可能とはなっているものの、参道としての役割がいかに大きかったのかがよく分かるだろう。
そんな経緯を反映してか、商店街内にある街灯もいかにもと言いたくなるような、和を前面に押し出したものが設置されている。
実際、商店街内に並ぶ建物を見てみても、多くの建物が瓦屋根の日本らしい造り方をされていることがわかり、この商店街の背後にある時代の長さを感じる。うまくやれば一大観光地にもできるのに、とも思ってしまうが、それをやらないのがやはりニュータウン自治体らしいといえばらしい。西宮名塩ニュータウンが恋人の聖地にでもなれそうなのにやらないのと一緒なんでしょうね。変化を作るのは難しいものです。
かつては三田市内でも屈指のにぎわいを見せたこの三輪エリアであるが、出雲大社や伊勢神宮のように全国的にも知名度のある神社ならまだしも、この三輪神社はそれほど知名度の高い神社でもなかったこともあり、現在ではこの道を通る人も少なく、三田市内の他の商店街と比べても寂しさの目立つ光景が広がっていた。お店自体はポツポツと残ってはいるものの、それも数軒あるかどうか、という具合で、日常生活に必要なものはこの商店街では揃いきらないなという感想を抱いてしまった。
そして関西のこの手の商店街に必ずといって良いほど置かれるのが、「チェリオ」の自販機。なんだか東京では見ないな、と思ったら大阪創業・京都本社というのが影響しているらしい。なんだかんだ安いんでみなさんぜひ買ってください・・・
三田最古の神社「三輪神社」
三輪商店街の参道を抜けていくと、目の前に交差点、そしてその奥に鳥居が見えてくる。こちらこそが本題となる三輪神社の入口だ。
この三輪神社は「三田市最古の神社」と言われる由緒ある神社だ。「新抄格勅符抄」という歴史書によると、
天平神護元年(765)九月、摂津国に大和の大神神社の封戸二十五戸を置き、後に五戸を追加した
という記述があり、この時期には既にこの神社が存在したことが確認できるとのこと。平安京が設置されたのが794年だから、それよりも前から存在していたということになる。もの凄いな。
なお、この神社では毎年秋に「三輪神社秋祭り」なる例大祭が行われ、交通規制を行った上で市街地をだんじり(神輿)が通り抜けるのだそうだ。秋祭りに関してはコチラのサイトが詳しいレポートを挙げているので、良ければどうぞ。
階段をのぼり、本殿の前へと来た。「幣拝殿」と呼ばれるコチラの建物は、神様に対してお参りをすると同時に神前へのお供え物や献上物を授受する建物なのだそうだ。なんだか神様も忙しそうで大変ですね(笑)
神社の境内から三田市内を一望する。街の再開発が進み、「夕焼けこやけで日が暮れて・・・(すみません、これは神社じゃなくてお寺ですね)」という昔ながらののんびりした雰囲気とは無縁の世界となってしまったが、この三輪神社は今も昔もずっとこの三田という街を上から見つめている。この三田という街に、神のご加護がありますように。そう願うばかりだ。